できるだけ早く失敗するという言葉の違和感

営業

最近のIT界隈でよく耳目にする「早く失敗する」というワード。僕はちょっとだけこれに違和感を覚える。

できるだけ早く失敗する。

たしかにこのご時世において明確な勝ちパターンなんてものはなかなか見えないものだし、トライ・アンド・エラーで試しながら進めるべきだという論については、まあそうするしかないのかもなという気持ちはある。

しかし僕はこの言葉をさも素晴らしい座右の銘のごとく喧伝し、会社の広告にすら載せてしまうようなやり方には「ちょっと違わへん?」と思ってしまう。

例えば僕はITの営業をやってるわけだけど、営業マンが「このプロジェクトは失敗するかもだけどリカバリするから赦してね(テヘッ)」とか言ってたらやばいと思うんだよね。おいおいこんな会社に頼んだら成功するプロジェクトも失敗するんじゃないのかって、普通の人なら思うのではないだろうか。

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失敗は悪ではないけれど

ただ僕は失敗することが悪だと言いたいわけじゃない。むしろ人は失敗することで成長できると思っている。

自分は生まれてから今まで何度も失敗してきたし、そのたびに親や先生や友達や上司や取引先に何度も怒られてきたし、生来の性格のせいか未だに失敗する事は多いと思う。それでもなんとか人並みに仕事ができるようにはなったのは、失敗から学ぶことができたからだろう。

そういう意味では「できるだけ早く失敗する」ことには賛成である。

けれども、今はやりの失敗する事を前提に仕事をするのはちょっと違うんじゃないかな、と思う。

どうせ仕事するなら「失敗なんかしないぞ!」「うまくやりきるで!」そんな気持ちで取り組みたいんだよね。

僕はひとりで仕事をしてるわけではないし、いろんな人が絡み合って時間を使って仕事をしている。自分ひとりの失敗が多くの人に迷惑をかけるのは、僕の望むところではないのだ。

一方で失敗には寛容でありたいし、そういう社会であってほしいとは切に願う。誰かの揚げ足をとったり、失言を責め立てたり、そう言うことが当たり前の世の中にはなってほしくないと思う。

要はどういう気持ちで仕事に望んでいるのかを大事に、結果についてはおおらかな気持ちで、そんな風にありたいと思うのだ。なかなか難しいことではあると思うのだけれど。

なんだかとりとめがなくなってきたのでこのへんで。

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